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福岡高等裁判所 昭和45年(ネ)892号 判決 1973年3月29日

控訴人

志波一二三

外三名

右控訴人ら訴訟代理人

清水正雄

被控訴人

大坪コウ

外一名

右被控訴人ら訴訟代理人

立石六男

主文

原判決を取り消す。

本件を福岡地方裁判所に差し戻す。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人らの主張

1  本件協議書による遺産分割の協議においては、被控訴人大坪学が控訴人らに対し金三〇〇万円を贈与することを条件として控訴人らは本件協議書のような遺産分割に応ずる旨の特約があつたものである。

2  被控訴人大坪学は控訴人らに対し右約定の金三〇〇万円を支払う意思がないのにあるように装つて、控訴人らをその旨、誤信させ、控訴人らに本件協議書に押印させたものであるから、控訴人らは被控訴人らに対し被控訴人らを相手方として福岡家庭裁判所に申立てた調停のおそくとも最後の期日である昭和四五年五月一五日右の詐欺による協議の意思表示を取消した。かりに、右取消が認められないとしても、昭和四六年三月一八日の本件控訴審第一回口頭弁論期日において取り消した。

3  本件は遺産分割についての争いであるから、家庭裁判所において審判によつて処理されるべきである。

二  被控訴人らの主張

控訴人らの右主張は否認する。

三  証拠<略>

理由

本件記録によれば、原審において、当初、被控訴人らは、被相続人大坪喜一の遺産につきその相続人である被控訴人ら、控訴人ら外一名間に昭和四四年一二月一九日別紙目録(一)記載の土地を被控訴人コウの所有とし、別紙目録(二)記載の土地を被控訴人学の所有とする等の遺産分割の協議が成立したことを請求の原因として、控訴人らが、被控訴人コウに対し別紙目録(一)記載の土地について、被控訴人学に対し別紙目録(二)記載の土地について各相続を原因とする所有権移転登記手続をすることを請求し、これに対し、控訴人らは、右請求原因事実を認め、右協議の際被控訴人らは右土地を売却してその代金中金三〇〇万円を控訴人ら外一名に分配する旨の約定があつたのに、被控訴人らが右約定のあつたことを争うので、右協議書の控訴人らの署名押印を抹消した旨主張したところ、被控訴人らは、昭和四五年九月二二日請求の趣旨を右遺産分割協議書が真正に成立したものであることを確認する旨の請求に訴を交換的に変更したが、原審は、控訴人らの前記主張を抗弁事由とはなりえないとして、被控訴人らの請求を認容する旨の判決をしたので、控訴人らにおいて控訴し、当審において、控訴人らは、さらに、(一)右遺産分割の協議においては被控訴人学において控訴人ら外一名に金三〇〇万円を贈与することを条件として控訴人らはその遺産の分割に応ずる旨の特約があつたものであり、(二)また、被控訴人学は控訴人らに対し右約定の金三〇〇万円を支払う意思がないのにあるように装つて控訴人らをその旨誤信させて控訴人らに遺産分割協議書に捺印させたものであるから、控訴人らは右詐欺による協議の意思表示を取り消す旨主張していることを認めることができる。

ところで、いわゆる証書真否確認の訴は、書面がその作成者と主張される者によつて作成されたか、あるいは偽造または変造であるかを確定する訴訟であるが、このような書面の真否という事実の確定について独立の訴が許されるのは、法律関係を証する書面の真否が判決で確定されれば、当事者間においては右書面の真否が争えない結果、法律関係に関する紛争自体も解決される可能性があり、少くとも、その紛争の解決に役立つことが大きいという理由によるのであるから、その書面の真否が確定されてもこれによつて当事者の権利関係ないし法律的地位の不安定を除去することができず、これを解消するためには更に進んで当該権利または法律関係自体の確認を求める必要がある場合には、右証書真否確認の訴は即時確定の利益を欠き、許されないものといわなければならない。

これを本件についてみるに、被控訴人らは、当初、遺産分割の協議が成立したことを原因として、控訴人らに対し、不動産の所有移転登記手続を請求し、その訴訟が係属中に、これを遺産分割協議の真否確認の訴に変更したことは前述のとおりであるが、控訴人らが、右分割協議には書面に記載されていない条件が付されているとか、あるいは取消原因が存在すると主張して被控訴人らの登記請求権を争つていることも前段認定のとおりであるから、右証書真否確認の訴により遺産分割協議書の真否が確定されたとしても、これにより当事者間に争いのある登記請求権の存否についての紛争が根本的に解決されるものではなく、当事者は権利関係の不安定を解消するために、改めてまた別訴により右登記請求権自体の存否を確定する必要があることが明らかであるから、本件証書真否確認の訴は即時確定の利益を欠くものというべきである。

とすれば、右訴の交換的変更により、被控訴人らがもともと紛争の根本的解決を期待して提起した前記所有権移転登記手続請求訴訟は、訴の取下によつて終了する結果となるが、前述のように、後訴が即時確定の利益を欠いて不適法と判断されるときは、被控訴人らは一たん取下げた前訴と同一訴訟を再び提起せざるを得ないことになつて明らかに訴訟経済に反するのみならず、かかる訴の変更を許容するときは、徒らに紛争の根本的解決を後日に遷延せしめる結果となり、実質的には民訴法二三二条一項但書にいわゆる「著しく訴訟手続を遅滞せしむべき場合」に準ずるものと解するのを相当とするから、本件訴の変更は不当というべく、同法二三三条によりこれを許さざる旨の決定をなすべきものである。

してみれば、以上と趣旨を異にして本件訴の変更を許容した原判決は不当であるからこれを取り消し、変更前の請求につき更に審理を尽させるため本件を福岡地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(内田八朔 矢頭直哉 藤島利行)

物件目録(一)(二)<省略>

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